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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)429号 判決 1992年12月16日

原告

甲野春子

甲野一郎

右原告ら訴訟代理人弁護士

岡本弘

右訴訟復代理人弁護士

中根正義

被告

乙川二夫

右訴訟代理人弁護士

浅井正

岩田宗之

三木浩太郎

主文

一  被告は、原告甲野春子に対し、金三〇〇万円、同甲野一郎に対し、金一〇〇万円及びこれらに対する平成二年二月二二日から各完済まで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分して、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告甲野春子に対し、五〇〇万円、同甲野一郎に対し、三〇〇万円及びこれらに対する平成二年二月二二日から各完済まで年五分の割合による金員を各支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が、原告甲野春子に対し、その勤務上の地位、金銭の貸付けをしていることを奇貨として、情交関係を強い、わいせつ行為をしたことが、原告甲野春子及びその夫である原告甲野一郎に対する不法行為であるとして、原告らが被告に対し、右不法行為による精神的苦痛に対する慰謝料及び遅延損害金の支払を請求する事案である。

一争いのない事実

1  原告一郎は、昭和三四年一一月二四日生まれ、同春子は、昭和三八年九月一一日生まれで、原告らは、昭和六三年七月二二日婚姻した夫婦である(<書証番号略>)。なお挙式は同年六月二六日であった。

2  被告は、昭和二一年一〇月五日生まれで(<書証番号略>)、妻と二人の子があり、名古屋市昭和区において美容院「○○」を営業するほか、同市中区にその事務所を有していた。

3  原告春子は、昭和六一年三月ころから右「○○」に勤務したが、その勤務中被告から金員を借り受けた。

4  原告春子と被告とは、昭和六二年秋以降ころ、名古屋市内のラブホテルにおいて情交関係を持ち、その後多数回にわたり情交関係を持った。

二争点

原告春子と被告との情交関係を持つに至った経緯、特に右についての原告春子の承諾の有無、右情交関係及びわいせつ行為の有無、態様、原告らの損害の内容、程度並びに本件につき原告らに過失があり過失相殺が成立するか否かである。

第三争点に対する判断

一前記当事者間に争いのない事実、証拠(<書証番号略>、原告甲野春子本人、原告甲野一郎本人(一、二回)、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告春子は、昭和五八年三月、美容学校を卒業し、美容院等へ勤務した後、昭和六一年三月ころ、知人であった原告一郎の紹介で被告が経営し、主宰する美容院である「○○」に美容師(ただし資格は有していない。)として勤務することとなった。

2  原告春子は、「○○」勤務中、所定の給与等を得ていたが、生活費等に困窮し、昭和六一年四月ころから、被告から別途金員を借り受けていた。

3  原告春子は、昭和六二年春ころ、一旦前記「○○」を退職することとなったが、被告が同年三月ころ原告春子に対し、従前借り受け、未払となっている金額(三回分合計一六万円)を確認し更に右金員に対する月八分の割合による利息の支払義務あることを確認する趣旨の文書を作成することを強く求めたことから、原告春子は、特に右各借受けにつき利息支払の合意はなかったにもかかわらず、その趣旨の文書を作成した。

4  原告春子は、前記退職当時、訴外セントラルファイナンスに対し割賦債務を負っていたところ、被告は、少なくともその一部は原告春子の依頼で、昭和六二年六月から同年八月までの間三回にわたり、訴外セントラルファイナンスに対し右債務を返済した。

5  そこで原告春子は、昭和六二年九月ころ被告に対し、前記訴外セントラルファイナンスに対する立替分も含む合計五五万余円の貸金につき、前記のとおり月八分の割合による利息の支払義務もあることを確認する趣旨の文書(<書証番号略>)を作成し交付した。

6  原告春子は、「○○」退職後、「デイ・ライト」という名称の美容院に勤務していたが、被告は、昭和六二年八月ころから原告春子に対し、前記金員の返済を迫るとともに、仮に返済できないときには暴力団等に右貸金債権を譲渡し取り立てさせる旨、また被告と情交関係をもつならば、一回五万円の割合で返済したことにする等を申し向け、被告との情交関係を求めた。

7  原告春子は、被告の前記言動が執拗であり、また債権譲渡など具体的であること等からこれに畏怖し、被告の申入れに応じることとした。

8  そこで原告春子は、昭和六二年一二月ころ、名古屋市内のラブホテルにおいて被告と情交関係を持った。

9  そしてその後被告は、ホテル等において数回原告春子との間において情交関係を持ち、その際等には小遣い等として一万円程度を与えることもあったほか、昭和六三年には数回にわたり金員を交付した。

10  もっとも被告は、右金員はあくまで原告春子に貸し与えたものと理解しており、ときにはその返済を迫るような態度を示すこともあった。

11  原告春子も、前記金員が貸金なのか贈与された金員なのか確信はなかったが、後記原告一郎との婚姻挙式等に必要なこともあり、右金員の交付を受けていた。

12  原告春子は、原告一郎と、昭和六一年秋ころから同棲しており、昭和六三年六月二六日挙式をし、同年七月二二日婚姻をしたが、被告は、右同棲の事実を知っており、また右挙式に当たっては、これに出席し、乾杯の音頭をとった。

13  被告は、その後も原告春子との関係を継続するとともに、原告春子に対し、交付した金員及び「利息」の返済を強く求め、また前記「○○」に勤務することを求めたところ、原告春子は、右各金員を到底返済することはできなかったことから、平成元年四月ころ再度「○○」に勤務することとなった。

14  その後被告は、ホテル等のみならず前記「○○」や、前記事務所等において頻繁に原告春子との間において情交関係を持ったほか、右「○○」等に他の従業員等がいないときなどは、その陰部に強いてさわったり、自らの陰部を強いてさわらせる等のわいせつ行為をした。

15  被告は、右情交関係を持った後など原告春子に対し、小遣い、生活費等であるとして各一万円程度を交付したこともあったが、前記五万円の充当についても特段計算書等を交付することはなく、ときには右情交関係を持つことにより免除されるのは金利の支払義務のみであり、元金は何ら減少しない旨を述べることもあった。

16  原告春子は、前記のとおり昭和六三年七月原告一郎と婚姻したが、生活費等の関係で引き続き被告から金員の交付を受けることがあり、原告一郎に対し、被告との前記情交関係、わいせつ行為については、これを述べることがなかった。

17  そして原告春子が、前記の経緯で被告から交付を受けた金員は、原告春子の認識でも一〇〇万円程度にはなった。

18  その後も原告春子と被告との前記情交関係、わいせつ行為は継続していところ、原告春子は、平成二年二月一一日ころ原告一郎に対し、右事情を打ち明け、本訴提起時(同月一七日)直前ころ前記「○○」を退職した。

19  被告は、原告春子との前記情交関係に際し、ポラロイドカメラ、フロッピーカメラ等で原告春子の全裸の姿態等を撮影したことがあったが、右写真及びフロッピー等は、まだ原告春子に交付返還していない。

20  また被告は、原告春子に交付した金額は、被告の計算によれば、元利合計三一七万四六七七円に達するところ、これらの金員はあくまで原告春子に対する貸金であると認識しており、当然に「利息」を含め返還されるべきものと考えている。

二以上の事実によると、被告は、被告から金員を借り受け、その返済を迫られていた原告春子に対し、右債務の履行及び前記「○○」の経営者の地位を利用して、原告春子に対し情交関係を求め、更に右情交関係の反復とわいせつ行為の反復を求めたものと解され、右は被告春子に対する不法行為を構成するものと解される。

被告は、原告春子との情交関係は、原告春子の承諾に基づくものであり、不法行為が成立しない旨主張するが、そもそも右承諾が存在したとしても、これにより、不法行為が成立しないと解すべきか疑問があるのみならず、右任意の承諾の事実は本件全証拠によってもこれを認めるに足りないものである。

もっとも前掲各証拠及び証拠(<書証番号略>、証人木村正)によると原告らは、当時もまたその後も生活に困窮し、電話代の納期における支払をしばしば怠り、通話停止をされることがあった事実等も認められ、また前掲のとおり、原告春子は被告から強いて情交関係を持たされながら、その後も金員の交付を受け、被告の経営する美容院に勤務するとの行動をしている事実も認められ、他方原告らが本訴提起まで警察等に相談に行った事実は本件全証拠によってもこれを認めるに足りないものであるが、そうであるからといって、直ちに原告春子が自発的に情交関係を承諾したものと推認することはできない。

そして、前記のとおり原告春子は昭和六三年七月原告一郎と婚姻したところ、その後も被告は原告春子との情交関係、わいせつ行為を継続したというものであり、少なくとも右婚姻後の右行為は原告一郎に対する関係でも不法行為を構成するものと解される。

三被告は、本件につき過失相殺が成立すると主張するが、右事実は本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

もっとも確かに、情交関係等は被告単独ではできず、原告春子の「同意」がなければ成立しないものであるが、前記のとおり原告春子が自発的に情交関係を承諾したものではないのであり、単に被告との間に情交関係等があったからといって、当然に原告らに過失を認めることはできない。

四そして前記認定の事実その他本件にあらわれた諸事情を考慮すると、原告らが被告の前記不法行為により被った苦痛に対する慰謝料は、原告春子につき三〇〇万円、原告一郎に対し一〇〇万円をもって相当とするものと解される。

五結論

以上によると、原告らの請求は、前記各慰謝料及びこれらに対する不法行為後である本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな平成二年二月二二日から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度でいずれも理由がある。

(裁判官北澤章功)

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